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これからどうする?わたしの街、暮らし。「ドイツから考える鹿児島のまちづくり」レポート1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つくる学校企画「もっと!新しい公共。Vol.7

 

これからどうする?わたしの街、暮らし」シリーズ

 

 

 

開催実施日20201030日(金)19

 

 

 

テーマ:ドイツから考える鹿児島のまちづくり

 

      ー旧市街の歴史と文化、公共交通を中心にー

 

 

 

ゲストスピーカー:中嶋大輔 (鹿児島大学法文学部法経社会学科地域社会コース教授)

 

 

参加者数:12名

 

 

目 的:中島先生は、鹿児島大学で地域社会をテーマに学生に講義をなさっている。ご専門の研究テーマである、「ドイツ中世都市」に関する著作も多く執筆されており、過去にご講演をお聞きした経験があることから、政治、環境、文化、経済政策など世界でも注目され、日本でも何かと比較されることの多いドイツについて、まちづくり、地域政策に焦点を当ててお話を伺う。普段一般市民が大学教授の研究について話を伺う機会は少ない。産業と学術の協働がすすめられる現在、今回は「まちづくり」という概念と市民とがどう繋がれるのか、その視点を一人一人が見つけることを目的として開催した。

 

 

内 容90分 パワーポイント使用 107枚 + 資料

 

*添付の資料はパワーポイントから抜粋させていただいたものである。

 

 

 前半では、ドイツ国内に現存する旧市街についての知識を参加者で共有した。(添付資料Ⅰ- -2.17)人口1万人ほどの小都市から20万人を超える「大都市」の旧市街の様子を写真で見る。旧市街の保存事例として、ネルトリンゲンの「旧市街保存条例」について街並みの写真とともに紹介していただいた。街の統一のとれた茶色の切妻屋根は、旧市街保存条例により厳格に規定されている。パラボラアンテナの設置条件もあり、屋根と同色に塗装されている。これらのことから、古いものを保存しようとする行政と市民との努力が見てとれた。また、人口23万人の都市、フライブルグは、旧市街そのものが文化財として市の旧市街保護条例で守られている。これにより、たとえ個人の所有する家であっても、文化財保護指定を受けている古い家は壊したり景観を損なうような変更を加えたりしてはいけないという厳しい規制がある。

 

 教会、商館など歴史を刻んできた建物、街並み、市場など、保護によって現代まで受け継がれ、市民の暮らしと切っても切り離せないものになっている。

 

またフライブルグ「市と中心部の総合計画2008年」((添付資料Ⅰ-54,55,56)は、 まちづくりにおける小売店の存在の重要性に言及しており、市民の暮らしに直結する経済保護にも力を入れている。

 

 そして、今回の重要なポイント、「公共交通」政策の事例としてフライブルグを紹介。

 

フライブルグの市電は総延長33.kmで、鹿児島市の市電はその約3分の1である。そのフライブルグの旧市街では、歩行者を優先し、車を排除している

 

(添付資料Ⅱ—4)市電が通過していない時は、通りの軌道敷の上を人や自転車が自由に往来している。

 

 添付資料Ⅱ−5のフライブルグ交通株式会社(VAG)は、「未来志向、持続可能、バリアフリー」をキーワードに、車にかわる交通手段として、バリアフリーの市電とバス、タクシー、カーシェアリング、自転車などが有機的に結びついて快適な移動を保証することを目標として掲げており、2016年以降、利用客、収益が増加している。

 

 また、自転車を利用したくなる環境も整備されている。(添付資料Ⅱ-24

 

 以上、主にフライブルグの事例を見ながら、私たちが学ぶべきこと、方向性などを示唆していただいた。

 

 まとめは添付資料Ⅱ-30.31にあるように、鹿児島市内に置き換えて見てみて、持続可能で環境にも配慮したまちづくりが可能であるか、そのポテンシャルが最も高い地区が天文館周辺であろうと思われる。車の排除や市電の整備は、すぐに出来る事ではないだろうが、問題の本質は「将来の持続可能なまちづくり」である。最後に、2019年に鹿児島市と青少年交流など6分野でのパートナーシップ協定を結んだフランスのストラスブール市の交通政策も参考資料としてつけていただいた。(Ⅱ-49.50

 

 

 

中島先生のお話を伺って

 

 

 

 ドイツに10年以上暮した経験のある日本人の友人、知人たちが口を揃えて、「日本よりもドイツの方が性に合う」と言う。

 

 私は行ったことすらないので、彼らにそう言わしめる背景に何があるのかはわからない。

 

 しかし、新型コロナで世界中がパニックに陥った状況のもと、特にドイツの「お国芸」というべき芸術文化への政府の迅速な支援対応に、正直羨ましいなあと思って見ていた人は少なくなかったはずだ。

 

 国としての成り立ち、宗教、歴史などなど、日独を比較すればきりがない。それはそれとして、知識として学ぶのも面白いと個人的には思う。

 

 そもそも、そういう単純な想いから発して、中島先生のご研究に関心を寄せたのだった。

 

 この度、つくる学校が提示する理念「新しい公共を考える」に則して、鹿児島を越境し、普段私たちが体験する事が出来ない他所の思想や哲学を、じかに感じたことをお伝え出来る方にゲストにお招きしたいという思いがあった。中島先生は、ドイツ中世都市を研究する鹿児島大学の地域社会コース教授である。まさに越境、そして繋がるお話が聞けるものと期待したところ、予想以上にためになるお話を伺う事ができた。

 

 ドイツを単に古いもの、歴史的なものを保存する目的の国だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。日本では考えられないが、地域というコンパクトな視点で政治が行われていて、それが決して井の中の蛙になっていない(ような気がする)。競争して淘汰されるべきはしょうがないといった「新自由主義的」な思想哲学とは相入れない政治の姿を見た思いがする。持続可能な社会とは何かを議論する際に、予算などの「現実問題」から始めるのではなく、「どのようなまちでどのように暮らしたいのか」というビジョンから始め、それを市民で議論し、共有し、目標として掲げる、この姿勢こそがつまり個を超えた「公共」を考える第一歩ではないだろうか。また一人でも多くの方とこのような場を共有したいと思う。(文責・吉田)

*今回のトークは、市民一人一人が「新しい時代の公共とは何か」を考える上で、鹿児島の内側、外側を深く知ることを目的に行ったものです。

 

ゲストスピーカーの皆様と市長選とは一切関係ありません。

 

 

 

お詫び

 

この度、中島先生のPDFファイルを手違いで一時公開をしてしまいました。関係の方々には深くお詫び申し上げます。

 

資料等の取扱いにつきまして、今後いっそう厳重な注意を行ってまいります。

 

なお、内容について詳細をお尋ねになりたい方は、つくる学校へご連絡ください。